2009/4/6 月曜日

高岡コロッケ

Filed under: 高岡 その他 — いなかちゃん @ 12:57:08

高岡に住んでいる人なら、”高岡コロッケ”、耳にされたという人も多いのではないかと思います。
でも、結構ここ数年で話題になったような気がするんですが・・・?なぜ高岡市がコロッケのまちなのでしょう?
ということで、今日は高岡コロッケについてのリサーチです☆

高岡市がコロッケのまちに取り組むきっかけは7年前。
高岡市の人口は昭和62年以降減少しているんですが、総務省が行った2000年と2004年の家計調査をしたところ、
富山市の1世帯当たりのコロッケ消費金額がなんと日本一!他の年度でも上位だというコトが分かりました。コロッケが大好きな県民なんですね!

この調査は富山市のものなんですが、それを「富山県を代表するデータ」=「高岡市もその傾向に含まれる」と
前向きに解釈して、高岡市の若手職員有志が「目指せ! コロッケのまち」を合言葉に活動を始めたらしいです。

はっきりした理由は分からないものの、北陸3県でもコロッケの消費量が多い理由として
1)富山は共働きが多い ・・・お惣菜の購入比率が高い→代表的なお惣菜であるコロッケの購入比率も高い
2)富山は持ち家率が高い・・・台所を汚すことをいやがる?笑
3)北前船による交易が盛んだった・・・じゃがいもが多く利用されている
などをあげているそうですよ。なるほど~おもしろいですね(^^)

「高岡コロッケ実行委員会」の加盟店は、現在45店。それぞれのお店でのぼり旗を立て、コロッケのまち高岡をアピールしていますよ!

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2009/1/30 金曜日

根っからの高岡っ子

Filed under: 高岡市について — いなかちゃん @ 11:55:32

私は根っからの高岡っ子なのか、高岡から出ることは一生ないと思っています。それだけ高岡が大好きなんでしょうね(笑)

生まれは国宝瑞龍寺のすぐ近くで本家は御車山の山蔵などが近い昔からある町屋。そして小学校は八丁道にそったところにある学校には見えない造りのキレイな小学校。中学校は前田利長の墓がすぐとなりにある中学校。嫁ぎ先ももちろん高岡で、ケンカ山がある伏木の方。そして愛する旦那さんは元銅器屋さんで勤めていました。高岡といえば銅器で有名ですが、銅器屋といっても意外と結構あるんですよ。

京都だったか奈良の、あるお寺さんにあのでっかい鐘を納品したことがあると言っていました(笑)旦那さんは銅器屋で営業していたらしいのですが、何百年も使える鐘はめったに買い直しなんてしないわけですから、1つ鐘の契約をとってくるだけで、その月の給料がものすごく高くなるんだとか!・・・といっても銅器の契約を取ってくるのはなかなか難しいらしく、契約のとれない月は最低保障の給料しかあたらないんだとか。浮き沈みの激しい仕事だったので結婚を機に今は安定したサラリーマンになったんですけどね。

そんな高岡らしいの環境の中で育ってきた私は、学生時代に家庭教師をつけていた時も高岡出身じゃなかった家庭教師の先生にめいっぱい高岡の自慢をしていました(笑)『本当に高岡が好きなんだね!』と言われたこともありました。今は高岡もいろんな町と合併して福岡の方まで高岡市となりましたが、福岡もなかなか良いところです。『つくりもん祭』などがあれば、普段はのどかで静かなところでも、ものすごい人口になるんですよ!

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2008/12/25 木曜日

伏木曳山祭り

Filed under: 高岡の観光地 — いなかちゃん @ 14:16:55

伏木曳山祭りは別名ケンカ山と呼ばれていて、毎年5月15日に全国から観光客が押し寄せ毎年賑わいを見せてます。結構有名ではないでしょうか。おもいっきりいいテレビ(旧・おもいっきりテレビ)で紹介されていてみのさんもびっくりしていたのを覚えています。

伏木は恵まれた立地から、天平の時代に越中の国府が置かれ、近世以降は港町として繁栄してきたんですが、伏木曳山祭りは、海岸鎮護と海上安全の神である伏木神社の春季祭礼として行われます。曳山祭りは、昼には威勢のイヤサの掛声で練り歩く花山車で、夜には提灯山車になって激しいぶつかり合いを繰り広げるんですよ。

山町が港町の蝶々山、中町のひょうたん山、上町の笹山、石坂町のじぃやま、本町のがんがら山、寳路町の千枚山があって、今6つとなりましたが、昔は十七軒町というものもあって、 だしは『ほら貝』を有する山車もあって、全部で7つでした。それが明治の火事で焼失してしまって今は、彫り物の一部だけが残っているようです。平成16年に福神の寿老人だけは復元されたようです。

そんなケンカ山に携わる男の人たちは(今は女の人も繋がれますが)、山車の準備に付きっきりになるそうです。仕事から帰ってすぐ山宿に向かい、遅くまで山車の準備をし、また仕事に行くという繰り返しのようです。伏木に嫁いできたお嫁さんが、年に1回のこの祭りの時期に近くになると旦那さんが帰ってこなくなって、新婚の時期は本当に頭痛の症状がでるほど本当に辛いという話を聞いたことがあります(笑)

そんな男の人たちが、そこまで熱くなれる祭りというのは本当に魅力的で、高岡のいいところの代表とも言えるかもしれません。

2008/9/22 月曜日

怖いとこ?

Filed under: その他 — いなかちゃん @ 9:42:01

近所に県外から高岡にお嫁にきた人がいます。
彼女が言うには高岡の人は怖いとのこと。
なぜかというと、言葉づかいが乱暴だというのです。
長い間高岡に住んでいると日常使っている言葉が当然のようになっているために乱暴とは感じなかったんですが・・・
海が近いからでしょうか?気性が荒いのでしょうか?
彼女があまりにもの怖さにストレスをため込んでしまたのかメニエル病とめまいなどの症状になやまされているようです。
この病気は三半規管に異常がみられるようですが・・・
自分たちは何気なくいわば方言のように使おお用していた言葉だけに、これから彼女とどう接していくべきか悩んでしまいます。

2008/9/21 日曜日

高岡おとぎの森公園

Filed under: 高岡の観光地 — いなかちゃん @ 23:36:46

JR高岡駅から南に約2kmの距離のところにある公園。
広大な土地(11.2ヘクタール)に芝生広場や沢山の遊具があります。
バラ園に力を入れており、シーズンになると、沢山の人たちや保育園児・小学生が楽しみにやってきます。
また、藤子・F・不二雄先生が高岡市出身、藤子 不二雄Ⓐ先生も小学生からは高岡市に移住していたことから、ドラえもんの主要キャラクターの実物大の人形や公園の土管のモニュメントが公園内に設置されており、子供たちの人気スポットになっています。

私も大学受験のときによくここへ現実逃避ではなく、リフレッシュに来ていました。
あの頃はセンター試験の日が来るのが怖くて毎日胃がキリキリしていました。

2008/9/17 水曜日

高岡の商売人

Filed under: 高岡市について — いなかちゃん @ 9:19:17

なぜだか昔から「高岡は商売がしにくいところ」という。
なぜだろう?簡単に言えば財布の紐が硬いとのこと。
それと、独特の高岡気質というものがあるからだろうか・・・

現在は郊外型の大型ショッピング形態が定着。
再三言われている駅前の整備が一向に進んでいない。
マイナスにとらえると、頑固な高岡人の特徴だろうか。
プラスに言えば、それだけ自分たちのポリシーを貫き通す意思が強い。
だから長きにわたって古き良き伝統が続けられているわけで。

しっかりものといわれる高岡人だけに簿記による所得税などの管理も完璧だろう。
ただ、もう少し視野を広げて後期高齢者さんばかりでないという認識を。
これから高岡を背負っていくのは若者たちである。
昔のような駅前中心商店街が賑わいを取り戻す日を願わずにはいられない。

2008/6/24 火曜日

高岡市万葉歴史博物館

Filed under: 高岡の観光地 — いなかちゃん @ 10:35:15

高岡市万葉歴史館『万葉集』を中心テ-マに
据えた初めての研究施設として平成2年10月に
開館しました。
『万葉集』や「越中万葉の世界」を楽しみながら
学んでいただける常設展示「家持劇場」や
企画展示を行っています。
また、『万葉集』とその時代の関係資料の
収集・整理し閲覧できるようになっています。
そして、その研究成果を全国に発信しています。

『万葉集』の代表的歌人である大伴家持は、
746年から約5年間、越中の国守として、
国庁が置かれた高岡の地に在任しました。

古き高岡の伝統、万葉の雅を堪能してみませんか?
時代を超え、癒しの空間があなたをお待ちしています!

(住所)〒933-0116 富山県高岡市伏木一宮1-11-11
(電話) 0766-44-5511 FAX 0766-44-7335
(開館時間)4月~10月 … 午前 9 時 ~ 午後 6 時
       11月~3月 … 午前 9 時 ~ 午後 5 時
(休館日)火曜日(火曜日が祝日の場合はその翌日)
      年末年始
(入館料)一般…210円  中学生以下…無料(団体割引あり)
(駐車場)無料ー普通車54台・大型車6台

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2008/4/2 水曜日

万葉線

Filed under: 高岡 その他 — いなかちゃん @ 14:52:07

万葉線とは、富山県高岡市と射水市(旧新湊市)とを結ぶ路面電車の路線通称。

第三セクター方式の鉄道会社で2002年に民間から事業譲渡されて現在に至ります。

かつて越中国守として「万葉集」の編者である大伴家持が赴任し、数多くの歌を残したことに因んでこの愛称になったらしいです。

ポートラムと呼ばれる新型の超低床構造の2車体連接車が導入されましたが、デ7070型と呼ばれる昔ながらの車両も現役で頑張っています。

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2008/4/1 火曜日

金屋町の町並み

Filed under: 高岡の観光地 — いなかちゃん @ 14:49:03

鋳物の町『金屋町』は高岡駅前通りをまっすぐ行き、千保川に架かる鳳鳴橋を渡ったところにあります。

今から380年前の慶長14年、前田利長が城下町高岡の興隆繁栄を図る政策の一つとして、砺波郡西部金屋村より鋳物師7名を招いて、鋳物工場をこの金屋町に開かせた、いわば高岡銅器の発祥の地です。

今も銅器づくりの職人が多く住む町であり、千本格子の古い町並みと石畳がしっとりと落ち着きのあるたたずまいをみせています。町内には鋳物資料館もあります。(たかおか生涯学習広場より引用)

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2008/3/28 金曜日

「高岡大仏」

Filed under: 高岡の観光地 — いなかちゃん @ 14:48:33

高岡大仏は、奈良大仏(752年)、鎌倉大仏(1246年)と並んで日本三大仏に数えられ、「銅器のまち」「ものづくりのまち」高岡のシンボル。

高岡大仏は、その歴史の始まりは1221年頃。

当時、摂津国の源義勝が越中に移り、二上山麓に1丈6尺(約5メートル)の木造大仏を造営したのが始まり。

その後、1609年に前田利長公が今の大手町に移され、長年にわたって高岡町民に親しまれてきています。 

しかし、大火による消失と再建を繰り返したことから、火事で燃えることのない大仏を求める声があがり、380年の伝統を誇る高岡銅器の職人の手による大仏が昭和7年12月に完成し、昭和8年5月に開眼式が盛大に行われました。

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