怖いとこ?

9月 22nd, 2008

近所に県外から高岡にお嫁にきた人がいます。
彼女が言うには高岡の人は怖いとのこと。
なぜかというと、言葉づかいが乱暴だというのです。
長い間高岡に住んでいると日常使っている言葉が当然のようになっているために乱暴とは感じなかったんですが・・・
海が近いからでしょうか?気性が荒いのでしょうか?
彼女があまりにもの怖さにストレスをため込んでしまたのかメニエル病とめまいなどの症状になやまされているようです。
この病気は三半規管に異常がみられるようですが・・・
自分たちは何気なくいわば方言のように使おお用していた言葉だけに、これから彼女とどう接していくべきか悩んでしまいます。

高岡おとぎの森公園

9月 21st, 2008

JR高岡駅から南に約2kmの距離のところにある公園。
広大な土地(11.2ヘクタール)に芝生広場や沢山の遊具があります。
バラ園に力を入れており、シーズンになると、沢山の人たちや保育園児・小学生が楽しみにやってきます。
また、藤子・F・不二雄先生が高岡市出身、藤子 不二雄Ⓐ先生も小学生からは高岡市に移住していたことから、ドラえもんの主要キャラクターの実物大の人形や公園の土管のモニュメントが公園内に設置されており、子供たちの人気スポットになっています。

私も大学受験のときによくここへ現実逃避ではなく、リフレッシュに来ていました。
あの頃はセンター試験の日が来るのが怖くて毎日胃がキリキリしていました。

高岡の商売人

9月 17th, 2008

なぜだか昔から「高岡は商売がしにくいところ」という。
なぜだろう?簡単に言えば財布の紐が硬いとのこと。
それと、独特の高岡気質というものがあるからだろうか・・・

現在は郊外型の大型ショッピング形態が定着。
再三言われている駅前の整備が一向に進んでいない。
マイナスにとらえると、頑固な高岡人の特徴だろうか。
プラスに言えば、それだけ自分たちのポリシーを貫き通す意思が強い。
だから長きにわたって古き良き伝統が続けられているわけで。

しっかりものといわれる高岡人だけに簿記による所得税などの管理も完璧だろう。
ただ、もう少し視野を広げて後期高齢者さんばかりでないという認識を。
これから高岡を背負っていくのは若者たちである。
昔のような駅前中心商店街が賑わいを取り戻す日を願わずにはいられない。

高岡市万葉歴史博物館

6月 24th, 2008

高岡市万葉歴史館『万葉集』を中心テ-マに
据えた初めての研究施設として平成2年10月に
開館しました。
『万葉集』や「越中万葉の世界」を楽しみながら
学んでいただける常設展示「家持劇場」や
企画展示を行っています。
また、『万葉集』とその時代の関係資料の
収集・整理し閲覧できるようになっています。
そして、その研究成果を全国に発信しています。

『万葉集』の代表的歌人である大伴家持は、
746年から約5年間、越中の国守として、
国庁が置かれた高岡の地に在任しました。

古き高岡の伝統、万葉の雅を堪能してみませんか?
時代を超え、癒しの空間があなたをお待ちしています!

(住所)〒933-0116 富山県高岡市伏木一宮1-11-11
(電話) 0766-44-5511 FAX 0766-44-7335
(開館時間)4月~10月 … 午前 9 時 ~ 午後 6 時
       11月~3月 … 午前 9 時 ~ 午後 5 時
(休館日)火曜日(火曜日が祝日の場合はその翌日)
      年末年始
(入館料)一般…210円  中学生以下…無料(団体割引あり)
(駐車場)無料ー普通車54台・大型車6台

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万葉線

4月 2nd, 2008

万葉線とは、富山県高岡市と射水市(旧新湊市)とを結ぶ路面電車の路線通称。

第三セクター方式の鉄道会社で2002年に民間から事業譲渡されて現在に至ります。

かつて越中国守として「万葉集」の編者である大伴家持が赴任し、数多くの歌を残したことに因んでこの愛称になったらしいです。

ポートラムと呼ばれる新型の超低床構造の2車体連接車が導入されましたが、デ7070型と呼ばれる昔ながらの車両も現役で頑張っています。

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金屋町の町並み

4月 1st, 2008

鋳物の町『金屋町』は高岡駅前通りをまっすぐ行き、千保川に架かる鳳鳴橋を渡ったところにあります。

今から380年前の慶長14年、前田利長が城下町高岡の興隆繁栄を図る政策の一つとして、砺波郡西部金屋村より鋳物師7名を招いて、鋳物工場をこの金屋町に開かせた、いわば高岡銅器の発祥の地です。

今も銅器づくりの職人が多く住む町であり、千本格子の古い町並みと石畳がしっとりと落ち着きのあるたたずまいをみせています。町内には鋳物資料館もあります。(たかおか生涯学習広場より引用)

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「高岡大仏」

3月 28th, 2008

高岡大仏は、奈良大仏(752年)、鎌倉大仏(1246年)と並んで日本三大仏に数えられ、「銅器のまち」「ものづくりのまち」高岡のシンボル。

高岡大仏は、その歴史の始まりは1221年頃。

当時、摂津国の源義勝が越中に移り、二上山麓に1丈6尺(約5メートル)の木造大仏を造営したのが始まり。

その後、1609年に前田利長公が今の大手町に移され、長年にわたって高岡町民に親しまれてきています。 

しかし、大火による消失と再建を繰り返したことから、火事で燃えることのない大仏を求める声があがり、380年の伝統を誇る高岡銅器の職人の手による大仏が昭和7年12月に完成し、昭和8年5月に開眼式が盛大に行われました。

山町筋と御車山祭

3月 22nd, 2008

高岡御車山は天正16年(1588年)豊臣秀吉が、後陽成天皇と正親町上皇を聚楽第に迎え奉る時に使用したもので、加賀藩初代藩主前田利家が秀吉より拝領し、二代目藩主前田利長が慶長14年(1609年)に高岡城を築くに当たり町民に与えられたのが始まりと伝えられています。

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京都祗園の祭礼にならって鉾山に改造され、高岡関野神社の祭礼日に神輿と共に曳廻されて以来、今日にいたるまで高岡の発展と共に継承されてきました。

御車山は御所車形式に鉾を立てた特殊なもので、高岡町民の心意気と財力に支えられ、格式を保ち高岡の金工、漆工、染織等の優れた工芸技術の装飾が車輪や高欄、長押等に施された日本でも屈指の華やかな山車です。

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高岡に「山町筋」と呼ばれ、古い土蔵づくりの家々が散在する町並みがあります。 

毎年5月1日、高岡山町一帯を巡行します。4月30日前夜祭の宵山祭や1日夕方のライトアップ展示もあります

「瑞龍寺」

3月 18th, 2008

瑞龍寺」は、富山県高岡市にある曹洞宗の名刹で、加賀藩二代藩主前田利長の菩提寺として、三代藩主前田利常によって建立されました。

江戸時代初期の曹洞宗寺院建築で、総門・山門・仏殿・法堂を一直線に配した均衡美を醸し出しており、壮麗な伽藍配置を今に伝えるものとして、その建築技術は高く評価されています。

平成9(1997)年に山門・仏殿・法堂が富山県内で初めて国宝に指定されました。

建築物の国宝指定は、昭和42(1967)年の法隆寺綱封蔵以来、30年ぶりのことです。

また、総門・禅堂・大茶堂なども国の重要文化財に指定されています。

「瑞龍寺」は、(社)高岡青年会議所の設立30周年記念事業「TAKAOKAイルミナイト・イリュージョン」の一環として、平成12(2000)年から毎年夏にライトアップが行われ、市民や観光客の目を楽しませています。

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高岡漆器

3月 15th, 2008

高岡漆器は、慶長14年(1609年)二代目加賀藩前田利長公が高岡城を築きいた時、武具や箪笥、膳等日常生活品を作らせたのが始まりになります。

その後、中国から堆朱、堆黒などの技法が伝えられ、彫刻塗、錆絵、螺鈿、存星など多彩な技術が生みだされます。

これらの技は高岡の祭礼に曵き回される絢爛豪華な御車山(みくるまやま・重要有形文化財)に集結されています。

こうして町人文化のなかにしっかりと根づき、発展してきました。

昭和50年9月に国の伝統的工芸品の産地指定を受けました。